毎年5月1日から5日は京都深草・藤森・稲荷地域では藤森神社のお祭と伏見稲荷大社のお祭でにぎわいます。
我が家も子供が小さなころに藤森祭りのお稚児さんや鼓笛隊に参加させてもらっていました。
その頃から不思議に思っていたのは、藤森神社のお神輿が必ず伏見稲荷大社に立ち寄ることです。
お神輿や武者行列の道中にあった伏見稲荷大社で、休憩させてもらっているのかと思っていたのですが、実は昔々からの因縁があったのです。
今日は、藤森神社の歴史や見どころを紹介するとともに、伏見稲荷大社との不思議な関係を紐解いてみたいと思います。
藤森神社は平安京より古かった!
古くから勝負事の神様として地元の人々に親しまれてきた藤森神社ですが、その始まりは、なんと西暦203年にまで遡ります。
神功皇后が三韓征伐を終えて新羅から凱旋した時に、大きな軍旗を当時の山城の国深草・藤森の地に立てて、兵具を納めて塚を作り、祭祀を行って、神々をお祀りしました。
それが藤森神社の発祥です。
菖蒲の節句発祥の神社として知られ、菖蒲=しょうぶ=勝負から、勝負運(武運)の神様として、また、藤森祭りの駆馬神事から馬の神様として、競馬関係者や競馬ファンの人には特に有名です。
こんなところにも馬が!

こんなところにも馬!
境内の「神功皇后 御旗塚」にある「いちいの木」には、腰痛のご利益があるとされ、地元では「いちのきさん」と親しまれています。
あの新選組局長近藤勇も腰痛に悩まされていた時期があり、この「いちのきさん」に何度も通って腰痛を治したそうですよ。
『新選組魔道剣』は、新選組隊士が関わった事件などを描く短編小説です。
その一話の「勇の腰痛」では、腰痛に苦しむ近藤に京生まれの隊士が、藤森神社の「イチイの木」が腰痛に効くと教えています。
近藤が藤森神社へ行くことから、この短編が始まっていくのです。
興味があれば、一度読んでみてください。
*御祭神*
【本殿】
主祭神 素戔嗚尊(すさのおのみこと)
別雷命(わけいかづちのみこと)
日本武尊(やまとたけるのみこと)
応神天皇(おうじんてんのう)
神功皇后(じんぐうこうごう)
仁徳天皇(にんとくてんのう)
武内宿祢(たけのうちのすくね)

藤森神社 本殿
【東殿】
天武天皇(てんむてんのう)
舎人親王(とねりしんのう)
【西殿】
早良親王(さわらしんのう:崇神天皇)
伊予親王(いよしんのう)
井上内親王(いがみないしんのう)
毎年5月5日の「駆馬神事」は、早良親王が陸奥の国の反乱を治めるために征伐将軍として藤森神社で先勝祈願をし、出陣したことが起源となっています。
また、平安京遷都の際には、桓武天皇が無事に遷都が成るように儀式を行われたそうで、平安京の歴史に大きく関わっていたのです。
こんなに歴史が古い藤森神社と伏見稲荷大社の関係とはどんなものだったのでしょう。
伏見稲荷大社の土地は藤森神社からの借り物だった!?
現在の伏見稲荷大社がある場所は、昔は藤尾(ふじのお)と呼ばれ、藤森神社の社域でした。
伝説によると、藤尾の土地に稲荷神をお祀りするために、人間に化けた狐が藤森神社の神官に稲荷山のふもとを貸してほしいとお願いしました。
「祠を立てたいので、稲の束を少し置く場所を貸してください」
神官としては、それほど広い土地は必要ないだろうと思い、承諾しました。
ところが、狐たちは大きな稲の束をいくつも持って来て稲荷山を囲んでしまったのです。
騙された藤森神社は腹を立てましたが、さっさと社を立てられてしまい、どうしようもありませんでした。そこで…
毎年5月5日に藤森神社のお神輿が伏見稲荷大社の境内に入って「土地返せ!土地返せ!」と叫び、それに対し伏見稲荷大社は、供物を供えて
「神様が不在ですので…」と言い訳をします。
すると、お神輿は「また来年も来るぞ!」と引き返す…。
5月5日藤森祭
途中伏見稲荷大社に神輿が立ち寄り『土地返せ〜』と連呼する。
それは元々伏見稲荷さんの土地は藤森神社の所要地であったから。
だから今でも伏見稲荷大社周辺は藤森神社の氏子地域なんですよね〜😊こういうストーリーも京都ならではかも❗️ pic.twitter.com/F7XB2Yz5Ep— 京金箔押常若/norifumi fujisawa (@kinpakutokowaka) May 13, 2023
これが、現在藤森神社のお神輿が伏見稲荷大社へ寄っている理由なのです。
実際、藤森や深草・稲荷地域は藤森神社の氏子ですが、伏見稲荷大社の周辺に稲荷大社の氏子はいません。
仲が悪いわけではありませんが、なんだか不思議な関係ですね。
藤森神社の見どころ
藤森神社の一番の見どころは、5月5日の神幸祭・武者行列・駆馬神事です。
神幸祭
祭礼の当日、武者行列とお神輿が氏子の地域を回ります。
お神輿は江戸時代に氏子たちが財力を注ぎ作ったもので、京都の中でも最も優雅なものとして知られています。
美術品としても高い価値があります。
武者行列
- 朝渡(あさわたり)…早良親王東征の行列
- 皇馬(こんま)…清和天皇勅諚深草祭の行列
- 七福神…七福神の行列
- 払殿(ほって)…神功皇后凱旋とう旗神祀の行列
以上の行列が氏子地区を巡行します。
藤森神社 藤森祭
鼓笛隊の後ろには武者行列が続きます。
こちらも小さな子が暑い中慣れない服装を着て頑張って歩いてました👏武者行列は朝渡(御祭神早良親王東征の行装)→皇馬(清和天皇勅諚深草祭の行装)→七福神の行列→払殿(御祭神神功皇后凱旋纛旗神祀の行装)と続きます
5月5日撮影 pic.twitter.com/pkAj1jGtEM
— kazumi (@G9gtJgpoLHHNhov) May 13, 2023
駆馬神事
馬に乗りながら様々な技を披露し、神様に奉納するのが駆馬神事です。
現在は、藤森神社駆馬保存会・駆馬実行委員会・氏子により公開保存しています。
駆馬は、藤森神社の参道で披露されるのですが、間近でみる駆馬は、とても迫力があって、見ている方もドキドキハラハラして、終わったころには疲れ切ってしまうほどです。

駆馬神事が行われる参道。普段はとても静かで小鳥の声や境内内の児童公園で遊ぶ子供たちの声が聞こえています。
馬と人、車で道が分かれている!これの標識は年中出ています。
紫陽花まつり
毎年6月の初めに開園される紫陽花苑は、約1500坪の面積に35~40種類、約3500株もの紫陽花が植えられています。
その年の気候により、見ごろの時期は変わりますが、6月中旬ごろには、ほぼすべての紫陽花が開花し、遊歩道まで紫陽花に埋まってしまいそうです。
我が家の子どもたちも紫陽花に埋まったような写真をたくさん撮った思い出があります。
可愛い盛りでしたから(^^♪
藤森神社周辺のおすすめスポット
藤森神社の最寄駅は京阪墨染駅ですが、実は墨染駅近くに穴場スポットがあります。
墨染寺(ぼくせんじ)
墨染駅を出て、墨染通りを藤森神社とは反対方向、
西へ進むと墨染寺があります。別名桜寺。
春になると、こじんまりとした境内を桜が埋め尽くします。
桜で有名な墨染寺には、人があまりいなくて、桜を満喫できた😃🌸
I enjoyed the cherry blossoms at Bokusenji, which is famous for its cherry blossoms.#墨染寺 #墨染寺桜 pic.twitter.com/0MGsE1fyzw
— Kengo Poliglota (@Poliglota05) April 5, 2025
見ごろの時期でも混雑することなく、ゆっくりと桜を堪能できます。
欣浄寺(ごんじょうじ)
墨染寺のすぐ隣にあるお寺で、伏見大仏欣浄寺ともいわれています。
鎌倉時代の僧道元ゆかりの地で、本尊は毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ):伏見大仏が安置されています。
京阪墨染駅から欣浄寺までのご案内です
駅から徒歩約3分の距離です
参拝者用駐車場がありお車でもお越しいただけます pic.twitter.com/38pwF28bfl— 曹洞宗 欣浄寺(伏見大仏) (@gonjohji) April 26, 2025
この地は、昔深草の少将の屋敷があったところと伝えられ、
少将が小野小町の元へ通った「少将の通い道」と呼ばれる小道があります。
毎夜通い続けた末、あと1日というところで深草少将が亡くなり、小野小町との恋が結ばれなかったことから、
訴訟を抱えた人がこの小道を歩くと願いが叶わないという言い伝えがあります。
本堂の前には小町姿見の池があり、その向こうに行くと、深草少将姿見の井戸が。
近くには小野小町と深草少将の供養塔があります。
欣浄寺の桜も美しく、また秋の紅葉も見事ですので、一度見にいらしてくださいね。
【藤森神社周辺マップ】
伏見稲荷大社は、藤森神社から北へ約2㎞です。
お天気が良ければぶらぶら歩いてもいいですが、少しきついかも。
藤森神社の最寄り駅、京阪墨染駅からなら伏見稲荷駅までは3駅です。
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