『光る君へ』紫式部のライバルと言われた清少納言ってどんな女性だったの?

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歴史人物
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清少納言は、平安時代の女流歌人で、随筆家で、そして天皇の后である中宮・定子の教育係を勤めた女性です。一説には紫式部とライバル関係にあったとも言われています。

ところが、清少納言が書いた『枕草子』について、学校で習ったのはあの「春はあけぼの…」という一部分だけ。あまり印象に残りませんでした。

でも大人になって改めて読んでみると、切り口が新鮮で、共感することも多くあって面白い!

そこで今回は、清少納言という女性について、その生涯や『枕草子』から見えてくる彼女の性格などについてお話ししたいと思います。

『光る君へ』では、ファーストサマーウイカさんが演じるということで話題になっている人物でもありますので、興味のある方はぜひご覧ください。

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清少納言の生い立ちと経歴

平安時代の女性については、あまり史料として残されることがありません。紫式部や清少納言についても同様で、彼女たちの確かな生没年はわかっていません。

生い立ちと本名について

最も有力な説としては、康保(こうほう)3年(966)ごろに生まれたというものがあります。

父は、『古今和歌集』の代表的歌人である清原元輔(もとすけ)です。清少納言の本名は、諾子(なぎこ)だったという説があります。

清少納言とは、宮廷につかえていた女房時代の呼び名で、清の字は、父の清原に由来すると考えららていますが、少納言になった親族はいなかったため、なぜ少納言と呼ばれてのかはわかっていません。

豊かな教養を育んだ少女時代

清少納言の祖父は、父と同じく『古今和歌集』の代表的な歌人である清原深養父(ふかやぶ)という人です。

清少納言の周囲には、和歌や関学に精通していた家族や親せきが多くいたようで、一般の女性に比べると教養の高い環境にあったと言えます。

そのおかげで清少納言は、当時の教養水準をグ~ンと超越するほどの教養高い女性でした。

祖父・父と共に清少納言の歌も小倉百人一首に選ばれているほどです。

当時は、漢学は男性が学ぶ学問だとされていた中、清少納言は、恵まれた環境の中で漢学にも通じていました。女性が漢文を書くことは恥ずかしいとされていた時代でしたが、清少納言が宮中へ入ったとき、漢学の知識は大変役立っていたようです。

清少納言の結婚

清少納言は、天元4年(981)ごろに、陸奥守・橘則光(のりみつ)と結婚しています。彼との間には、則長という息子を授かっています。

則光は優しいながら、武骨で和歌の素養もあまりなかった人物で、しばらくして離婚しています。今でいう性格の不一致みたいなものだったようです。

ですが、『枕草子』を読むと、長徳4年(998)ごろまでは、則光との交流があったようで、宮中でも妹背の中(いもせのなか:兄妹関係?)として知られていたと言います。

その後は、摂津守・藤原棟世(むねよ)と再婚し、小馬命婦(こまのみょうぶ)と呼ばれた娘を生んだとされています。

清少納言、宮中へ

清少納言の初めの結婚が破れて数年後、彼女は宮中に入ります。

一条天皇の中宮(ちゅうぐう:皇后)であった藤原道隆の娘・定子(ていし)に仕える女房となるためです。

女房とは、主人である中宮の身の回りの世話をしながら、主人の価値を高めるために働く女性のことです。主人と外部の貴族との取次や、上流貴族との交流などにおいて、いかに教養高くふるまえるかが、女房の重要な仕事でした。

定子との出会い

当時、天皇の后になる女性には、教育係として教養の高い女性を側に置くことが一般的で、利発で機知に富み、漢学にも通じていた清少納言は、定子から高い信頼を受けていました。

そして清少納言は、宮中の出来事などを書き連ねた『枕草子』の執筆を始めます。

宮中を去る

清少納言は、中宮定子を囲む華やかな宮廷サロンにおいて、その才能を存分に発揮し、彼女自身も楽しい時を過ごしていました。

しかし、定子の父・道隆が没し、道隆の弟・藤原道長が勢力を持つようになると、定子の周りにも暗い影が落ちました。

長保2年(1000)定子が出産と同時に亡くなり、主を失った清少納言は、宮中を去っていったのです。

楽しい時間はあっという間に過ぎます。清少納言の宮中生活は、わずか10年足らずという短い期間でした。

清少納言の晩年

宮中を去ってからの清少納言については、詳しいことがわかっていませんが、再婚相手の藤原棟世(むねよ)と共に摂津に下ったという説が最も有力です。

経済状態はあまり良くはなかったようですが、宮廷時代の知り合いであった藤原公任(きんとう)や和泉式部・赤染衛門(あかぞめえもん)らとの交流はあったと伝わっています。

ちなみに和泉式部と赤染衛門は、紫式部と共に、中宮彰子の女房となっていた人たちです。

最晩年には、東山月輪あたりにあった父・清原元輔の山荘に住んでいたようです。

清少納言の最後については、京都・新京極にある誓願寺へ身を寄せ、そこで最後を迎えたという説もあります。

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清少納言と紫式部の関係

清少納言と紫式部は同時代に生き、どちらも女流歌人で有名な作品を生み出し、またそれぞれに中宮に仕えています。そのため、よく2人はライバル関係にあったと言われますが、実は彼女たち、直接会ったことはないみたいなのです。

ではなぜライバルと言われるのでしょうか。

中宮定子と中宮彰子

清少納言が宮中にいた時期の帝・一条天皇には、2人の皇后がいました。

1人は藤原家長男道隆の娘・定子、その後藤原家五男道長の娘・彰子(しょうし)が13歳で入内して皇后となります。

もともと一条天皇の正妻は定子一人で、皇后と呼ばれていましたが、道長が無理やり彰子を正妻として入内させた形でした。正妻が2人もいるという異常な事態になったため、皇后と同じ立場という意味で彰子が中宮と呼ばれるようになります。

とんでもない三角関係でしたが、一条天皇・定子・彰子の関係は、いわゆるドロドロした三角関係ではなく、お互いに認め合い、いたわりあうとても素敵な関係だったそうです。

定子にとって、彰子は妹のような存在だったのかもしれません。

しかし、それぞれに仕えている女房達は、やはり自分の主が一番!本人同士の意向には関係なく、お互いをライバル視していたのでしょう。

実際は会ったことがない?!

敵対する定子サロンと彰子サロンそれぞれにいたのが、清少納言と紫式部です。2人とも優れた作家であり、歌人という面でも、ライバル視されやすい立場です。

ですが、彼女たちが直接顔を合わせたことはなかったと言われています。

ただ紫式部は、『枕草子』が本人の自慢話ばかりだととらえ、清少納言を好きになれなかったようです。『紫式部日記』の中で、紫式部は清少納言のことを次のように批評しています。

(以下わかりやすく意訳しています)

清少納言という人は、得意そうな顔をして、とてもエラそうな態度をしていた人です。

あのように利口ぶっていて、漢字を書き散らしていますが、そのレベルもまだまだ足りないことが多いのです。

こうして、人よりも特別に優れていると思いたがる人は、結局見劣りして、将来は悪くなってしまうもの。

いつも気取っていて、薄っぺらで不誠実な態度ばかり。あんな人はきっといい最期を迎えられないわ。

なんとも辛らつな評価、ほぼ悪口ですね。紫式部は相当清少納言が嫌いだったのかもしれません。

でも清少納言の方は、特に紫式部について触れていません。

実は、『枕草子』の中で、紫式部の夫である藤原信孝が登場する段があります。一見信孝を悪く言っているような文章なのですが、よく読むと全く悪口ではありません。

おそらくですが、ライバル視・敵視していたのは、紫式部だけだったのかもしれません。

『枕草子』って結構面白い!

『枕草子』を古文の授業で習った人は多いと思います。

「春はあけぼの やうやう白くなりゆくやまぎは…」とひたすら暗記した覚えしかない私は、恥ずかしながら、『枕草子』をきちんと読んだことはありませんでした。

それが今頃になって何となく読みたくなって、もちろん原文を読むのは大変なので、とってもわかりやすい現代語訳で読みました。

「ああそうそう、わかるぅ~」
「へえ~、そう思うんや」
「いやいやそれはあかんやろ」

などと思いながら、楽しく読める毒舌交じりのエッセイという感じ。思っていた以上に面白いというのが私の感想です。

そこでここからは、『枕草子』で私が共感したり、面白いと思ったものを紹介したいと思います。

原文はハードルが高いので、わかりやすく短い文章にしています!

『枕草子』の構成

『枕草子』は、約300の段(章)で出来ていて、内容は大きく3つに分類できます。

  • 日記・回想段…清少納言が宮中にいたときの思い出話や定子や帰属に関するお話
  • 類聚(るいじゅう)段…「うつくしきもの」「ありがたきもの」「山は」など、「○○は」「○○物」で始まる章
  • 随想段…四季の自然や清少納言が日々の暮らしで感じたことなど。「春はあけぼの」はこの賞に分類されています

まずは、日記段から抜粋したものを紹介しましょう。

宮に初めて参りたるころ

私(清少納言:以下私は清少納言のことです)が初めて定子様にお会いしたときのこと。私ってこう見えてすごく恥ずかしがり屋で、涙が出るくらい恥ずかしくて、夜になるごとに定子様のおそばに参上していたの。

定子様は、絵を見せて説明をしてくださるのだけれど、やっぱり恥ずかしくて…。でも定子様の袖口から見える御手がとても美しくて、「ああこのような素晴らしい方がこの世にいらっっしゃるのね」と、ついつい見つめてしまったものよ。(以下略)

清少納言は彼女よりも10歳ほども年下の定子に仕えます。慣れない宮中で美しくて優しい定子に、清少納言は魅了されたようです。ちょっと図々しいほどの態度がまだ全く見られない初々しい清少納言でした。

御方々、君達、上人など、御前に

定子様のお身内や若君、殿上人などが、定子様の御前に集まっていたので、私は少し離れた廂(ひさし)の間の柱にもたれかかり、他の女房と雑談をしていました。すると、定子様が何かを投げてよこしてくださったの。

開けてみるとそこには

「(あなたを)可愛がろうか、どうしようか。それが1番じゃなかったらどうしますか?」

実は私、以前定子様の前で「1番に人に愛されないならば、いったい何になるの?(一番ではないなら)疎まれたり憎まれた方が良いです。2番手、3番手は絶対いや」なんて言ったことがあるのを、覚えておいでだったのね。

私は、「定子様に可愛がっていただけるなら、2番でも3番でも良いのです」とお返事をすると「それが良くないわ。1番好きな人には、1番に思われたいと思う方が良いのよ」とおっしゃったの。

定子さまったら、私の一番は定子様って見抜いていらっしゃる、面白い!

清少納言と定子がお互いに信頼し合い、愛情を持っていることがうかがえる、そしてちょっとお茶目な定子様が可愛いお話です。

中納言の参り給ひて

中納言とは、定子の弟・隆家のことです。

中納言様が定子様のところへいらっしゃって、「定子姉さんに、扇の贈り物をしようと思っているんだけど」とおっしゃったの。

とても珍しい扇の骨(扇の芯となる竹)を手に入れたらしくて、「とても素敵な骨を手に入れたんだけど、その骨に貼る紙も素晴らしい者でなければいけないと思うんだ。」

定子様もどんな骨か知りたくて、「どんな風な骨なの」とお尋ねになるけれど、中納言様は「今までに見たことがないようなすごい骨だ」と自慢するばかり。

そこで私は「見たこともないほど素晴らしいのなら、それはクラゲの骨のようですね」と言ったの。

すると中納言様は大ウケしちゃって、「この話は僕が言ったことにしてくれよ」ですって。

骨のないクラゲの骨なら確かに誰も見たことがないですね。ということでちょっとしたツッコミを入れる清少納言でした!

次は類聚段から紹介します。

にくきもの

にくらしもの・しゃくにさわるもの。

急用があるときに限って、長話をするお客。気心が知れている人なら「ちょっとごめん」って言えるけれど、目上の人だったりすると最悪!

お酒を飲んで騒いでいる人が、こっちにも強要してくること。「もっと飲め」とか言ってくるのすごくうっとうしい!

こっそり部屋に忍び込んできた彼氏のことが親にバレそうになって、押し入れに隠れてもらっていたら、眠っていびきをかいたのって、ほんと間抜け!

寝ようと思って横になっていたら、顔の周りを「ブ~ン」って蚊が飛び回る。手で払ってもまたすぐに「ブ~ン」ってあれすごく腹が立つ!

わかるって今思っていませんか?

見苦しきもの

見苦しいのは、ブサイクカップルがいちゃいちゃしているところ。昼寝から起きてきた人が不細工なのも嫌。

結構ひどいですよね、これ。今なら炎上するかも。

ありがたきもの

めったにないもの。

舅(しゅうと)に褒められる婿。姑(しゅうとめ)に可愛がられる嫁。

主人の悪口を言わない従者

女同士の親友がずっと仲のいいこと。

的を射てるかも…。

こんな清少納言も時には恋する乙女になります。

心ときめきするもの

胸がどきどきするもの。

雀の子を飼うこと。ちゃんと育ってくれるか不安と期待でドキドキする。

彼が来てくれることになっているとき、風で戸が音を立てたり、雨の音がしたりすると、「彼が来たのかしら?」ってドキッとする。

 

説教の講師は

お説教や講義をする僧侶は、イケメンでなきゃ。

イケメンがお説教をしてくれていると、いつもよりもお説教が貴く感じられる。ブサイクな僧ならよそ見したり、説教を忘れそうだわ。

清少納言は美に関してとても手厳しいです。ブサイクは何をしても嫌、イケメンは何でもOK。わかるけど…。ちょっと言い過ぎでは?

でも清少納言は、『枕草子』の中で、癖毛で毛量の少ないこと、その上つけ毛を使っていることまでカミングアウトしているんです。

ちゃんと自虐ネタも入れることで、毒舌を中和しているのかもしれません。

最後は、随想段から素敵な文章を。

月のいと明かきに

月がとても明るい夜、牛車で川を渡っていると、牛が歩くのにつれて、川の水が水晶のようにキラキラと散っている。その様子はすごくきれいだわ。

平安時代の日本は、京の都と言えど、今とは比べものにならないほどの美しい自然があったことでしょう。清少納言は、日々の移ろいの中で、ふと感じる景色のすばらしさや魅力を、人よりも多く見いだせる感受性の豊かさがあった人ではないでしょうか。

そう思って「春はあけぼの」の段を読み返してみると、改めて四季の美しさや移ろいを感じることができます。

古典だからと避けないで、この機会にぜひ一度、『枕草子』を開いてみてください。

清少納言ってこんな人だったのかも

『枕草子』を読むと、清少納言が、とても明るくてサバサバしている女性だと感じます。もちろん平安貴族らしいプライドの高さや教養の深さもそこかしこに見られ、また現代とは違った感覚も持っています。

自虐ネタもあり、自慢話もあり、でも時にとても乙女な女性になったり、恥ずかしがり屋さんになったり、ロマンチストになったり、そして鋭い批評家の一面も見えてきます。

癖毛がコンプレックスだったという清少納言、コンプレックスがある人ほど優しく、人の心をおもんぱかると言います。(多分)

もし現代に清少納言がいたら、優秀なキャリアウーマンで、でもちょっと可愛くて毒舌なお局さんになりそう…だと思いませんか?

清少納言と『枕草子』が気になったときにおすすめの本

最後は清少納言に関するおすすめの読みやすい本を紹介しておきますね。

眠れないほど面白い枕草子  岡本梨奈

今回の記事の参考にもさせていただいた本です。著者の岡本さんは、オンライン予備校「スタディサプリ」古文・漢文の講師をされていますので、何よりとても読みやすくわかりやすいのが魅力です。

『枕草子』の原文と現代語訳、それに現代風の口語訳のほか、わかりやすい説明文も載っていますので、大人の学び直しや古文の勉強にもおすすめです。

本日もいとをかし!枕草子  小迎由美子 監修:赤間恵都子

『枕草子』を超現代語訳したコミックです。清少納言を「ナゴン」と呼び、著者が共感した部分をピックアップしています。

漫画なのでとてもわかりやすくて、楽しいのはもちろん、平安時代の豆知識もバッチリ載っています。清少納言を身近に感じられる楽しいおすすめ本です。

誰も書かなかった清少納言と平安貴族の謎  川村裕子

清少納言がどんな女性だったのか、平安貴族の日常とは?などを多くの図や絵を使用してわかりやすく紹介しています。

本文は、Q&A 形式で書かれていて、簡潔で読みやすい構成になっていますので、特に平安時代初心者の方や古典を読んだことのない方などにおすすめの本です。

清少納言と申します(コミック)  PEACH PIT

清少納言を主人公としたコミックです。平安パロディ的な要素も多分にありますが、平安時代のことを楽しく知りたい方にはおすすめです。ただ、史実をよくご存じの方には、読みづらい点も多少ありです。

平安の歴史や古典への入口としての読み物だと思います。

暴れん坊少納言(コミック)  かかし朝浩

こちらも清少納言が主人公のコミックです。ツンデレで破天荒な清少納言が面白い!テンポよく一気に読める一冊です。


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小春

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